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ひげの殿下逝去 活動型破り

天皇陛下のいとこで、“ひげの殿下”として知られた三笠宮家の長男寛仁(ともひと)さまが6日午後3時35分、多臓器不全のため、東京都千代田区の佐々木研究所付属杏雲堂病院で亡くなられた。66歳。91年に食道がんを切除する手術を受けて以降、喉や舌のがん治療に伴う手術は16回で、壮絶な闘病生活を送った。ラジオの深夜番組「オールナイトニッポン」でディスクジョッキーを務めるなど、従来の皇室のイメージにとらわれない型破りな活動で、親しまれた。

最後の言葉は「元気になって、もっと詳しい検査ができるような体力を戻さないと」だった。「ご自分の意思を非常にはっきり示される。昨年5月に『これ以上の手術は嫌だから緩和ケアにする』と、はっきり言われた。結局は説得して手術した」という。ご遺体は6日夜、病院から赤坂御用地内にある親王邸に戻り、天皇、皇后両陛下が弔問された。

「福祉の現場監督」を自任し、障害者支援をライフワークとした。82年には「社会活動に専念したい」と皇籍離脱を申し出て、周囲を慌てさせたことも。趣味のスキーを通じたスポーツ振興にも取り組んだ。

◆寛仁(ともひと)さま 1946年(昭21)1月5日、昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁(たかひと)さま(96)の長男として誕生。学習院大卒。英オックスフォード大留学を経て、札幌五輪組織委員会、沖縄国際海洋博覧会世界海洋青少年大会の両事務局に勤め、恩賜財団済生会、日本・トルコ協会などの総裁を務めた。80年11月、故麻生太賀吉・麻生セメント会長の三女で、吉田茂元首相の孫、麻生太郎元首相の妹信子さま(57)と結婚。婚約会見では、7年越しのプロポーズが実ったとうれしそうに打ち明けた。

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